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東京地方裁判所 平成6年(ワ)13907号 判決 1997年11月27日

原告

伊藤潮

右訴訟代理人弁護士

水上康平

木ノ元直樹

被告

菱光証券株式会社

右代表者取締役

後藤眞一郎

右訴訟代理人弁護士

松下照雄

川戸淳一郎

竹越健二

白石康広

鈴木信一

本杉明義

池田秀雄

主文

一  被告は原告に対し、金三八四万円及びこれに対する平成六年八月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金一二八九万八六〇〇円及びこれに対する平成六年八月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告において、被告の営業担当者髙木清一郎(以下「髙木」という。)の適合性の原則違反、説明義務違反等の違法な勧誘によりワラントを買い付けさせられ、損害を被ったとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、ワラントの買付代金等相当の金員及び訴状送達の翌日以降の民法所定の遅延損害金の支払を求めている事案である。

二  基礎事実(括弧内掲記の証拠により認定したほか、当事者間で争いがない。)

1  原告は、肩書住所地で歯科医を経営する歯科医である。

被告は、有価証券の売買、取次等証券取引法二条八項各号に定める行為を業とする証券会社であり、髙木は被告の従業員である。

2  平成二年七月六日ころ、髙木は、原告の歯科医院と取引のあった三菱銀行吉祥寺支店の行員相沢章(以下「相沢」という。)とともに原告方を訪れ、取引の勧誘をした結果、原告は、同月九日付けで三協アルミワラント四〇口価格一二八〇万円(単価三二万円、手数料は九万八六〇〇円〔消費税二九五八円〕。乙第二号証及び弁論の全趣旨による。以下「本件ワラント」という。)を、同月一〇日付けで投資信託であるシステムパワーバランス五〇〇口、単価一万円、合計五〇〇万円を買い付けた。

3  本件ワラントは、買付直後の平成二年八月に湾岸戦争が勃発し株価が下落し、その後株価の低迷が続き、権利行使期限(平成六年三月二五日)までに株価が回復しなかったため、売買されることなく、無価値のものとなった。

三  争点

1  髙木の本件ワラントの勧誘は違法な勧誘であったか。

(原告の主張)

(一) ワラントは、一定額の株式払込金を将来払い込むことによって、発行会社の新株を取得しうる権利を表章する有価証券であるが、その時価は、理論上、現在の株式時価から将来の払込金を控除し、さらに将来の株価の値上り期待値であるプレミム分を加算した金額になる。したがって、ワラントの価格変動には、株式の価格言動がそのまま反映される一方で、現在支払うべき金額は、株式より払込金の分だけ少ないために、現在の価格に対する価格変動率は、株式の何倍にも及ぶこととなり、大きなキャピタルゲインを生む一方で、株価下落時には損失も何倍にも拡大し、時には全損に近い損害を生ずる、極めて投機性の高い「ハイリスク・ハイリターン」の商品である。また、権利行使期間内に行使しなければ、紙屑と化してしまう危険性を有する点でも、一般の株式とは際立った違いがある。そして、ワラントは、値動きの予測は極めて困難であり、専門家すら予測が外れることが多く、一般投資家に値動きの的確な判断を期待することは困難である。その上、ワラントはこのように、他の証券投資における商品とは比較にならない独自のシステムと難解さ、投機性の高さを有するにもかかわらず、その特異な商品性についての周知性が欠如している。

ところで、証券法上の基本原則である自己責任原則とは、「取引の危険性を的確に認識した上で、自らその取引をするかどうかの決断と、自己が危険に見合う十分な資力を有するかどうかの判定を、自らの自主的かつ自由な判断と責任において行うこと」を意味するが、この投資家の自己責任による取引は、投資家が自らの責任において合理的な投資判断を行うための前提条件が具備されている場合、すなわち、情報が十分に与えられ、不当な勧誘者の影響が排除されている場合にのみ実現されうるものであり、この前提を欠く場合には、その前提を回復させる補完的な原則が必要であり、証券会社は、免許会社たる地位や投資家に対する関係で圧倒的優位性と信頼に鑑み、また投資家保護の理念(証券取引法一条)に照らし、このような前提条件を確保すべき責務を負担しているものである。したがって、証券会社がこのような前提条件と明らかに矛盾する違反行為を行った場合に、これを正当化するために自己責任原則を持ち出すことは許されない。

そして、一般投資家の参加が不可欠とさえいえる証券市場の現状及び証券会社の優位性に鑑みて、証券取引法上の重要な原則の一つとされるのが、「適合性の原則」、すなわち、「顧客に特定の証券を推奨する場合には、顧客の投資目的、資金の性格、量、投資経験や知識、社会的地位、財産等に照して、当該証券が顧客に適合すると信ずるに足りる、合理的な根拠がなければならない。」という原則である。この原則は、判断能力及び危険に耐える資力のない投資家を市場に引き込まないようにし、また、引き込んだ者には、個々の投資家の状況に適合した証券を推奨させることを目指すものであり、自己責任を貫徹するのに不適当な判断能力を欠く投資家に、証券会社等の専門家が、後見的な保護を与える役割を果たすことを期待したものであり、自己責任の原則を貫徹する前提を欠く場合に、それを補完し、自己責任の原則を回復させる役割を証券会社等の専門家に担わせることを目的とした原則である。特に、ワラントのような極めて投機性の高い危険な証券が流入し、他方、個人投資家の参入も増えている現状に照らして、証券市場における投資者保護のため極めて重要な原則であり、純然たる行為規模としての性格を有し、証券会社がこれに違反すれば、明らかに不法行為を構成するものである。

上述したところに照らせば、ワラント取引前の適切な情報開示は、業者と投資家との対等な取引条件を確保し、投資家の自己責任による取引、合理的な投資判断を可能にする制度的前提といえる。投資行為の最も基本をなす商品内容及び取引態様についての十分な説明とこれを投資家が理解したことの確認は、投資勧誘の最低限の前提であり、自己責任原則が妥当する前提条件である。したがって、証券会社には、ワラント取引の勧誘に当たって、顧客に対して、ワラント商品の具体的な内容と、その危険性について素人である一般投資家が十分理解できるよう丁寧に説明すべき法的義務が課せられるのであり、その説明義務の範囲、内容としては、①ワラントは権利行使期限の到来により無価値となること、②ワラントの価格は、権利行使価格と株価との関係及び残存権利行使期限を基礎に激しく複雑に変動すること、③株価が権利行使価格を下回れば、理論価格はゼロとなり、この場合は、期限内に株価が権利行使価格を上回ることの期待値であるプレミアムのみによって価格が形成され、したがって、期限到来前でも、無価値同然となること、④、引受権を行使して株式を取得するには、別途株金の払込が必要であることと具体的な払込代金額の四点が挙げられる。

また、ワラント取引の危険性に鑑みると、投資家保護の貫徹のためには、証券会社は、単に投資勧誘の際に将来的な無価値の可能性という抽象的な危険性を顧客に説明するだけでは足りず、顧客のワラント購入後も、当該ワラントの価格の下落と早期売却による損害拡大防止の必要性を顧客に時宜に外れることなく適切に告知する法的義務を負うものである。

(二) 本件において、原告は、開業医であるものの、証券取引について少額一般投資家以上の格別の知識や経験はなかった。すなわち、原告は、過去に他の証券会社で株式取引を行っていた事実はあるが、これはワラント取引についての被告の適合性の原則違反、説明義務違反を減殺させる要素とはならないのみならず、右取引についても、取引銘柄の選択等について専ら当該会社の担当者の判断に任せ、いわば一任売買に近い形での株式の現物売買及び信用売買であったのである。このように、原告は、証券取引については全くの素人同然であり、本件取引前にワラント取引を行ったことはなく、ワラントがどのような商品であるかの的確な知識を持たず、まして将来に全く無価値となる可能性のある極めて危険性の高い商品であるなどという知識は全く有していなかったのである。原告は、確かに訴外日興証券株式会社(以下「日興証券」という。)でワラント取引をしたことはあるが、これは本件ワラント取引後であるし、日興証券からも原告に対してワラントの具体的説明はなかった。また、原告は、年収が五〇〇〇万円あったとしても、負債が多く、本件当時も三菱銀行から不動産購入のため約五〇〇〇万円の融資を受ける話が出ており、融資を受けなければワラント取引が困難である事情があったのであり、このことは、右三菱銀行の担当者の熟知するところであって、右担当者から原告を紹介された髙木においても原告の右資産状況を知り、または知りうべき状況であったのである。現に、原告は、右銀行から二〇〇〇万円の融資を受けて投資信託と本件ワラントを買ったものである。したがって、髙木の本件ワラントの勧誘行為は適合性原則に違反するものである。

しかも、髙木は、「ワラントは儲かる。」と言うのみで、前記(一)で挙げたワラント勧誘の際説明すべき事項①ないし④につき、原告が理解できる程度に具体的な説明を一切しなかった。また、取引説明書を原告に交付したこともない。かえって、髙木は、投資信託と一緒にワラント購入を勧誘したため、原告は、ワラントは投資信託と同じように満期のある金融商品であると誤解してしまったものである。その上、髙木は銀行員である相沢と原告方に同行し、相沢が三協アルミワラントを購入して持っていることを原告に説明し、原告の本件ワラント購入への不安を和らげる事実上の効果を与えていることを傍らで認識しながら、このような状況を放置し、改めてワラントの危険性について説明することを全く怠っていたのである。

以上の髙木、ひいては被告の一連の行為は、それぞれ強度の違法性を有するとともに、全体として社会的相当性を著しく逸脱するもので、不法行為が成立することは明らかである。

(被告の主張)

(一) 証券取引の世界においては、どのような取引においても少なからず危険性を伴うものであり、証券取引により利益を取得しようとする投資者は自己の資産を把握した上でその危険性を受け入れて自己の責任と判断によって証券取引を行い、取引により損失を被ったとしても、それを他者の責任とすることはできず、反対に利益を上げたときはその利益をすべて取得することができ、他に奪われることはない。これがいわゆる自己責任の原則であり、投資者が多大な利益を上げうる証券取引における基本的原則である。かかる自己責任の原則が妥当する証券取引にあっては、取引をするか否かの最終的判断は投資者に委ねられており、その判断をする際の資料等についても投資者が収集すべきものである。証券取引法五〇条は、証券会社が有価証券の売買その他の取引に関連して断定的判断を提供して勧誘を行うこと及び虚偽表示または重要な事項について誤解を生じさせるべき表示を行うこと等を禁止しているが、これは、証券会社が作為をもって投資者の投資判断を誤らせるような行為を禁じたものであり、証券会社は投資者の投資判断の資料の中に断定的判断等を加え、投資者がその断定的判断等を有力な資料として取引を行った場合にも投資者が取引結果にすべて責任を持つのは不合理であるので、自己責任の原則により取引損益が帰属する投資者の保護を図っているのである。証券取引法上の投資者保護は、このように証券会社の作為を禁じたものであり、証券会社が投資者に絶対に損失を発生させないよう説明義務等の作為義務を負う旨の原告の主張は失当である。

したがって、原則として証券会社が法的義務として昇華した作為義務としてのワラントに関する説明義務を負うことはなく、一般的な商品説明の一環としてワラントに関する説明を行うべきであるに過ぎない。ただ、今日のように証券市場の発展に伴って多数の新商品が誕生する状況にあっては、顧客は次々と誕生する新商品に関する情報等を把握しきれず、一方で証券会社は取り扱う新商品に関する情報等を有しているのが通常である。そこで、例外的に証券会社は具体的な投資勧誘の際の事情によっては顧客に対して新商品に関する説明をする法的義務を、信義誠実の原則に基づいて負担する場合があるものというべきである。かかる新商品に関する一般論の一つとしてワラントに関する説明義務を証券会社が負担する場合もあるが、証券取引法の規定及び自己責任の原則からしてそれはあくまで例外的であり、その根拠が一般条項である信義則であることからしても義務発生の認定は慎重でなければならず、個々の顧客との取引経過等を精査する必要がある。そして、仮に義務が発生したとしても、本来は投資者が資料収集を行うべきであるから、証券会社は、ワラントが従来の商品と異なるものであることを概括的に述べれば十分である。具体的には、従来の投資証券の典型である株式と比較した場合、ワラントが従来の商品にない危険性を有した新商品であることから、ワラントが①新株引受権であること、②株価と連動してその価格は変動するが、その価格変動の幅が大きいこと(価格変動リスク)、及び③権利行使期限を徒過してしまうと価値がなくなること(権利消滅リスク)の三点を説明すれば足りると解すべきである。

また、証券取引法五四条一項一号は証券会社に対して顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行うことを戒めているが、それは大蔵大臣の行政処分の発動要件の一つであり、各種の通達も投資者の意向と実情に即した取引を行うことを求めているが、それは証券市場の健全な発展のためであり、証券会社が個々具体的な投資者に対して何らかの義務を負うとしたものではない。したがって、投資者の属性については、証券会社の投資勧誘の違法性判断の背景事情として顧慮されるべきものに過ぎない。原告主張の「適合性の原則」なるものは、その遵守を証券会社が顧客に対して義務として負うものではない。

(二) 原告は、年収五〇〇〇万円の歯科医師であり一般的には判断能力は優れており、その資産を不動産、現金及び株式の三部門で管理することとし、被告方で取引を開始する以前から他の証券会社で証券取引を行っていた投資家であり、本件ワラント取引後であるが、信用取引も行い、外貨建てワラント取引を数回にわたって行っている。このように、原告はワラント取引を理解する資質に欠けるところはなく、その財産状況からも、原告に対してワラント取引を勧誘することが適合性の原則に反するものといえないことは明らかである。なお、原告は本件ワラント購入資金につき融資を受けたというが、それは単に資金繰りの問題に過ぎず、資金調達方法は投資家が決定すべき事項であり、証券会社には顧客の投資資金の調達方法まで調査する義務はない。髙木は、原告が三菱銀行からの融資金でワラントを買ったことは知らなかった。

髙木は、平成二年七月六日ころ、三菱銀行の相沢とともに新規発行の投資信託システムパワーバランス九〇―Ⅱを勧誘するため原告の診療所を訪問した。髙木は、原告から右投資信託の買付注文を受けた後、当時動きの良かった三協アルミのワラントの買付を勧誘したが、その際、原告に対し、ワラントとは新株引受権という権利であり、ワラント取引はその権利の売買であること、その権利は行使する期間が限られていること、及び行使期間を経過してしまうとワラントは行使できなくなり、その価値は消滅してしまうこと、株価が上がればワラント価格も上がり、株価が下がればワラントも下がるというようにワラントの価格は株価に連動するが、ギアリング効果といって株価に比較してその値動きが激しくなることを説明した。髙木は、その際、業界紙のワラントの価格欄を示して説明し、同業界紙及び社団法人日本証券協会発行の説明書を原告に交付し、その後原告はワラント取引の確認書に署名押印した。このように、髙木はワラントにつき十分説明したものである。

2  損害額、相当因果関係及び過失相殺

(原告の主張)

原告は、被告の従業員髙木による適合性の原則違反行為、説明義務違反行為によって合計一二八九万八六〇〇円を現実に出捐し、その結果ワラントの権利行使期限を徒過して本件ワラントが無価値となったのであるから、右全額が相当因果関係がある損害である。

本件における原告の属性、髙木の原告に対する説明不足の事実や誤った説明内容、これによって原告が誤った判断をして本件ワラントを購入するに至ったこと及び事後の放置行為等一切の事情に照らすと、本件において過失相殺するのは相当ではない。

(被告の主張)

仮に髙木の勧誘に説明不足等の違法行為があったとしても、証券会社の商品は価格の変動があるのが通常であり、市場価格の下落により生じた損失の部分は、右行為と相当因果関係にあるものではなく、ワラント買付代金のすべてを損害として賠償請求することは許されない。

また、本件の事情のもとでは、相当の過失相殺がされるべきである。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  前記基礎事実及び甲第三号証、乙第一二号証、証人髙木清一郎の証言によれば、平成二年七月ころ、被告では新しい投資信託のキャンペーンをしていたところ、被告従業員の髙木は、仕事上の付合いがあった三菱銀行吉祥寺支店の相沢から吉祥寺の歯科医を紹介してくれるという話があったので、同月六日不動産融資の件で原告と会うことになっていた相沢とともに、原告診療所を訪問したこと、髙木が原告に対し、投資信託(システムパワーバランス九〇―Ⅱ)を勧めたところ、原告は五〇〇口(単価一万円)を購入することになったこと、その際株式の話になり、髙木は、株式より投資効率のよいものとしてワラントの話をしたところ、原告もこれに興味を持ったので、髙木はワラントにつき説明し、原告は三協アルミワラントも購入することになったこと、髙木は、翌週の月曜日に三協アルミワラント単価三二万円、四〇口購入という原告の注文を執行したことがそれぞれ認められる。

2  乙第三号証及び弁論の全趣旨によれば、ワラントとは、一定額の株式払込金を将来払い込むことによって、発行会社の新株を取得しうる権利を表章する有価証券であり、その時価は、理論上、現在の株式時価から権利行使価格を控除し、これにプレミアム分を加算した金額になること、したがって、ワラントの価格変動には、株式の価格変動がそのまま反映される一方で、現在支払うべき金額は、株式より将来の払込金の分だけ少ないために、現在の価格に対する価格変動率は、株式の何倍にも及ぶこととなり、大きなキャピタルゲインを生む一方で、株価下落時には損失も何倍にも拡大するもので(いわゆるギアリング効果)、投機性の高い「ハイリスク・ハイリターン」の商品であること、また、権利行使期間内に行使しなければ、無価値となってしまう危険性を有するものであること、このようにワラントは一般の株式と異なり、独自の難解さ、投機性の高さがあるが、その特異な商品性については、本件の平成二年当時、必ずしも一般に理解されてはいなかったことがそれぞれ認められる。

3  したがって、このような新商品を顧客に勧める証券会社としては、少なくとも、ワラントが新株引受権であり、権利行使期間があり、これを徒過してしまうと価値がなくなること、及び株価と連動してその価格は変動するが、その価格変動の幅は株価の何倍にも及ぶ大きいものであることを説明する義務があるものと解される。そして、その説明の程度は顧客の理解能力、投資経験などに即し、顧客が理解できる程度の説明をする必要がある。

4  甲第三号証、原告本人尋問の結果及び日興証券に対する調査嘱託の結果によれば、原告は、歯科診療所を経営し、年収約五〇〇〇万円を得、その資産を不動産、現金及び株式の三部門で管理することと決め、被告方で証券取引を開始する以前から日興証券、大和証券株式会社で証券取引を行っており、二〇〇〇万円や三〇〇〇万円の投資は膨大な投資ではないとの感覚を持っていたこと、原告は、本件ワラント取引後には、株式の信用取引も行い、平成二年八月三一日から五回にわたり日興証券で外貨建てワラント取引も行っていること、もっとも、原告は、これらの取引について必ずしも自ら積極的に相場を研究し、銘柄を指定して取引をしたものではなく、むしろ勧誘員任せの取引の色彩が強かったことがそれぞれ認められる。

甲第二、第三号証、乙第一ないし第四号証及び証人髙木の証言、原告本人尋問の結果によれば、髙木は、平成二年七月六日本件ワラント購入を勧めた際、原告に対し、持参した株式新聞を見せながら、ワラントは新株引受権の売買であり、株価と同様に値動きするが、その何倍かの値動きがあるので、利益、損失とも通常の株式の何倍かに及び、投資収益効率の高いものであると説明し、鞄の中に持っていた「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(以下「本件説明書」という。)を渡したこと、しかし、この際、髙木は、ワラントの権利行使期間が過ぎると無価値になることは明確に説明しなかったこと、髙木の説明に対し原告からは特別の質問はなく、髙木が株価が安定していると勧める三協アルミワラントを買い受けることになったこと、髙木は、当日「国内及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「本件確認書」という。)を持ち合わせていなかったので、後日被告から送り、原告においてこれに署名捺印して被告に送り返したこと、髙木は、翌週月曜日(九日)に原告と連絡を取り、本件の三協ワラント四〇口の注文を執行したことがそれぞれ認められる。

5(一)  被告は、髙木において原告に対し、ワラントの権利行使期間が過ぎると無価値になることも説明したと主張し、髙木はこれに副う供述をする(乙第一二号証、証人髙木の証言)。

しかしながら、甲第二号証によれば、髙木は、本件ワラントの権利行使期間が過ぎた平成六年四月一三日に事後処理のため原告方を訪れた際、原告の「まさか…価値の無いものになるなんて、いうのは、全然知らないし、そういうだってお話全くないでしょう。」との言葉に「そうですね、そうと聞いた説明、してなかったと思いますし、」と答え、「あゝ、だから、そういうことになると、僕はそんなにゼロになる物に対して、投資する訳がないわけですよね、」と言われて「はい。」と答え、「はい、競馬や、競輪じゃないからだね、」と言われ、「そうです(小声)」と答え、また、「…そういうゼロになるという言葉は全然聞いておりませんし、えー、そういうことだと当然じゃ、ちょっと待って、という事になったんじゃないかな。」と言われ、「そうです。はい。」と答えていること、及び甲第三号証、原告本人尋問の結果に照らし、被告の主張に副う前記証拠は採用できない。被告は、甲第二号証(右平成六年四月一三日の会話を録音したテープの反訳書)における髙木の対応につき、原告に損をさせ、その善後策を持っていき納得してもらおうと思っていたので、原告の言い分に反論しなかったものであると主張するが、髙木において十分な説明をしていたのなら、正に原告の責任により損失を被ったに過ぎないのであるから、いかに顧客であるからといっていたずらに迎合する必要はないはずであり、証人髙木の証言によれば、右会話は髙木が本件ワラントの行使期限直前に現状を報告に行ったところ、原告がこんな話は聞いていないと激怒したため、日を改めて出直してしたものであり、髙木としても原告の言い分を承知し、これに対応するに必要な調査等をすることはできたはずであること等からしても、信用することができない。

(二)  原告は、髙木から本件説明書の交付を受けたことを否認し、これに副う供述をする(甲第三号証、本人尋問)。

確かに、髙木はもともと本件当日は投資信託の勧誘に行ったものであること、証人髙木の証言によれば、髙木は、ワラントが売り出された昭和六三年ころから本件までワラントは全部で一〇件位しか勧めたことがないことが認められること、髙木は当日本件確認書の用紙を持っていなかったことは認めていること等からすると、髙木がたまたま本件説明書を持っていたというのはかなり疑わしいことのようにも思われる。しかし、原告は、「私は、貴社から受領した『国内新株引受権証券取引説明書』及び『外国新株引受権証券取引説明書』の内容を確認し、私の判断と責任において下記の取引を行います。」との記載のある本件確認書(乙第四号証)に署名捺印していること、しかも、原告は本訴において、右乙第四号証及び第一号証(顧客登録届・印鑑票)につきその住所、署名の筆跡からして明らかに自署したものと自ら判断しうるものと思われるのに、当初印影を認めるのみで、かたくなに自署、成立を否認していたことや、被告において原告が日興証券でワラント取引をしているのではないかとしてその取引の有無につき調査嘱託を申し立て、当裁判所もこれを採用したのに、日興証券がこれに回答することに同意しようとせず、やむなく被告において日興証券の担当者を証人申請するに及びようやく右回答することを承諾したこと等、真実を明らかにすることに消極的なのではないかとさえ疑われるような対応も見られたこと、原告は、乙第四号証に署名捺印した事情につき納得しうる説明をしないこと、及び証人髙木の証言に照らすと、いまだ原告の主張に副う前記証拠をそのまま信用することは困難といわざるを得ない。

6  前記基礎事実及び認定の事実並びに甲第三号証、乙第七、第八号証によれば、被告方では、ワラントの預り証は投資信託等の預り証と同じものを使っており、権利行使期限は「償還年月日」欄に記載されており、あたかもこの日に何らかの「償還」がなされるかのような誤解を招きやすい記載となっていることと甲第三号証、原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、被告の従業員である髙木の説明不足のため、本件ワラントには権利行使期間が定まっており、右期間を過ぎると無価値になってしまことを明確に認識しないまま本件ワラントを購入し、その直後いわゆる湾岸戦争が勃発し、その後売却の機会を見つけられないまま権利行使期限を徒過してしまったものであることが認められるので、被告は、原告が被った後記損害を賠償する責任があるものというべきである。

なお、前記認定の原告の能力、投資経験、資力等に照すと、原告にワラント取引を勧誘すること自体がいわゆる適合性の原則に反し許されないものということはできない。

二  争点2について

前記認定のとおり、原告は、髙木の説明不足により権利行使期限を徒過すると無価値になってしまうという危険があることを認識しないまま本件ワラントを購入したものであること、しかし、原告は、髙木から本件説明書を交付されているのであり、これを見ればワラントは期限付きの商品であり、権利行使期間が終了したときにその価値を失うという性格を持つ証券であることが極めて明確に記載され、容易に了解できること、日興証券に対する調査嘱託の結果によれば、原告は、本件ワラント購入直後の平成二年八月三一日ころワラント取引を始めたときにも、右と同様な説明書を受領し、説明を受けたことが認められること、前記認定によれば、原告は本件ワラントは株価に連動し、その数倍の動きをする商品であることは承知して購入したものであること、三協アルミの株価は原告の買付直後の湾岸戦争の勃発で他の株式と同様暴落し、その後も低迷したまま権利行使期間が満了し、その結果原告に前記損害が生じるに至ったものであること並びに原告の能力、投資経験等を総合すると、過失相殺ないしこれに準じて、公平上、原告は被告に対し、本件ワラントの購入代金一二八〇万円の三割である三八四万円の限度でその賠償を請求しうるものと認めるのが相当である。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告に対し、民法七一五条に基づき、三八四万円及びこれに対する記録上訴状送達の翌日であることが明らかな平成六年八月二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので認容することとし、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官滿田明彦)

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